2017年01月29日

東武特急を見に行く。

東武鉄道の新しい特急車両、500系が落成、その二本目が1月28日に甲種回送されました。
この車両は会津鉄道まで乗り入れる分割併合の出来る車両です。
僕は会津には我が一族最後の親族もおり、今年の年賀状でも「会津に来てください」と書かれた文字を見て涙がでますが、せめてこの東武特急を撮影した縁で・・・いけるようにならないかなあ。。

神戸貨物ターミナルに停車中の甲種回送列車。
旅客では鷹取駅のまん前です。
0128鷹取東武甲種1.JPG

近づいて・・・
0128鷹取東武甲種2.JPG

横を快速223系が通過していきます。
0128鷹取東武甲種3.JPG

普通電車に乗って・・
編成中ほどを・・
0128鷹取東武甲種4.JPG

言った先は新長田・・
あまりひょいポイントとも思えませんが、ここで走行シーンを撮影します。
すぐに来ました。
DE10牽引。
0128新長田東武甲種1.JPG

接近します。
0128新長田東武甲種2.JPG

新長田の地下鉄ビルを背景に・・
0128新長田東武甲種3.JPG

ついでだから新長田の鉄人、お色直しが済んで迫力が増しました。
後ろを快速電車が尽かします。
0128新長田鉄人と223.JPG

このあと、知人の見舞いにKさんと待ち合わせて須磨海浜公園へ・・
そしてそのKさんと三宮の居酒屋で少し呑んでから、灘でお誘いいただいているお店へ・・
夜の商店街を路線バスが抜けていきます。。
0128水道筋坂バス.JPG
posted by こう@電車おやじ at 00:23| 兵庫 | Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

DoctorYellow and SilverLocomotion

というわけで・・年始より私鉄が続いたので久々にJRさんを。。
まず、西明石駅へ・・
新幹線のホームに向かいます。
N700の「ひかり」が入線します。
0126西明石N700ひかり.JPG

それを同じN700「のぞみ」が追い越していきます。
0126西明石N700のぞみ追い越し.JPG

そしてN700「さくら」登場!!
0126西明石N700さくら.JPG

で・・待っていたのはこのDr.にお会いするため。。。
923形ドクターイエロー!!!
0126西明石ドクターイエロー1.JPG

ものすごい速度で接近します。
0126西明石ドクターイエロー2.JPG

目の前を一瞬で通過!!
0126西明石ドクターイエロー3.JPG

久々にYellow先生にお会いできました。。。。

さて、他にも用事があるのでお暇しますが、その用事の先は垂水駅近く。
折角だから撮影を。
207系と223系の並び。
0126垂水207・223.JPG

山陽電車の直特、5632と新快速223系の並び。
0126垂水223・山陽5632.JPG

1時間半遅れの2070レをキャッチ!!
なんと、銀箱EF510-509、旧カシオペア専用機が来てくれましたが、これも225系と見事な並び。。
0126垂水EF510-9・225.JPG

EF510-509、銀色というより「錆色」とでもいったほうがよいくらいの汚れ方になってきました。
0126垂水EF510-9.JPG

さて、この後、用事を片付けて路線バスで帰りましたが・・・
そのバスがまた・・
山陽バス唯一両の銀色バスでした。。
0126木工センター山陽バス6000.JPG

ま・・久々にちょっとツキがあったということなんでしょうね。
posted by こう@電車おやじ at 21:18| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

神鉄・山電ちょい鉄・・・

寒いですね。
今日はお昼間も気温がプラスにならず、寒波の到来を身をもって感じます。
で・・寒いから…神鉄を見に行こう!!!!
というわけで、電車賃が高いのであまり遠くにはいけませんが・・

まずは藍那へ・・・
一昨日の雪のあとが少し残っていました。
乗ってきた2010が行きます。
0124藍那神鉄2010.JPG

3000系3010の上り準急です。
0124藍那神鉄3010.JPG

その列車の後追い。
0124藍那神鉄3009.JPG

1100系1103の急行、粟生行。
次のダイヤ改正で粟生線日中の大減便がおこなわれ、西鈴蘭台から志染までは各駅停車のみ(準急もこの区間では各駅停車ですから)30分ヘッドに、志染から粟生までは60分ヘッドになります。
好評の日中の粟生急行、志染急行も全廃されてしまいます。
0124藍那神鉄1103急行.JPG

あとわずかしか見られない「急行」表示。
0124藍那神鉄1104方向幕.JPG

急行が淡々と去っていきます。
0124藍那神鉄1104急行.JPG

上りには5000系5004による急行。
0124藍那神鉄5004急行.JPG

その列車が去っていきます。
駅の案内放送では「上り電車が到着します」です。
この駅から新開地方向は確かに地形も上りですが、鈴蘭台からは上り列車は「坂を」下るわけで・・ややこしい。。。
0124藍那神鉄5003急行.JPG

下り電車に1100系1105が来ました。
この1000シリーズの先頭パンタ、そして丸みを帯びたかつての国鉄グリーン車のような側窓、本当にかっこいい電車です。
0124藍那神鉄1105.JPG

1105接近。
0124藍那神鉄1105接近.JPG

電車はゆっくりと発車していきました。
0124藍那神鉄1106.JPG

やってきた1120の準急で藍那を離れます。
それにしても寒い40分ほどでしたが、電車の中が暖かく、ほっとしました。
0124藍那神鉄1120.JPG

ただ、この電車にずっと乗っていたいのに、次に降りたい駅で止まりません。。
仕方なく、鈴蘭台で見送ります。
0124鈴蘭台神鉄1119.JPG

次にやってきた普通電車は6000系でした。。
6002号です。
0124鈴蘭台6002.JPG

神鉄も(個人的には神電と呼んでいます)快適になったものだと・・ちょっとがっかりしながら乗ります。。。
降りたかったのは鵯越。
乗ってきた電車が去っていきます。
坂を下る、「上り」電車です。
0124鵯越神鉄6001.JPG

3000系3012の普通。
0124鵯越神鉄3012.JPG

5000系5010の普通三田行き、真横に50パーミル勾配票。。。
0124鵯越神鉄5010.JPG

5003の急行粟生行。
0124鵯越神鉄5003急行.JPG

5008の上り普通。
0124鵯越神鉄5008.JPG

5005の準急。
0124鵯越神鉄5005.JPG

1119の志染行き普通。
0124鵯越神鉄1119.JPG

こうしてみるとすっかり、神鉄は世代交代がなっていますね。
と感嘆しているところへ現れたのが・・
新車、6500系(6000系の3連バージョン)による上り急行。
0124鵯越神鉄6502.JPG

上り急行が坂を下っていきます。
0124鵯越6501急行.JPG

そろそろ帰るか・・・寒さもぶり返してきたことやし・・
と、やってきたのは2000系2010、5000系と同等の車体ですが、少し古く、システム的には1100系辺りと変わりません。
って、よく考えたら・・最初と最後の電車が同じ車両だったんですね。。
0124鵯越神鉄2010.JPG

このあと、新開地で阪急に乗り換えようとしたら・・
スヌーピー電車でした。
先頭車両の脇。。
0124新開地阪急1107スヌーピー.JPG

中間車両、「チュッ!」可愛いですね。
0124新開地阪急1557スヌーピー.JPG

花隈でちょっと寄るところがあったので・・
その電車を。。
0124花隈阪急1107.JPG

阪急はラッピングもおしゃれですね。

******

さて、ここからは1月20日の記録です。
ちょっといろいろバタバタしていて、日記にアップするのが遅くなり前後しました。
場所は・・滝の茶屋。。
気持ちよく海が見える日でした。
ジャンボフェリーが沖合を行きます。
ああ・・高松に行きたいなぁ。。。
0120滝の茶屋ジャンボフェリー.JPG

山陽電車の普通電車、3637・・・
0120滝の茶屋山陽3737.JPG

阪神の直通特急8232・・
0120滝の茶屋阪神8232.JPG

駅名標、海がバックできれいですね。
0120滝の茶屋駅名標海側.JPG

反対のホームの駅名標・・門型というか、鳥居型というか、普通の駅名標のまま、パイプ部分を壁(実はこの上を走る道路擁壁)に固定してしまうのって珍しくないですか。。。
0120滝の茶屋駅名標山側.JPG

Sカーブを曲がってやってきた普通電車、3634。
0120塩屋山陽3634.JPG

直通特急5602。
0120塩屋山陽5602.JPG

後追い5004、直特運用の編成では最も若番です。
0120塩屋山陽5004.JPG

帰り道、JRの快速電車、225系を。。
0120塩屋225.JPG

そうそう、用事で行ったお宅のベランダ手すりに並んだ・・雀さん。。
0120塩屋すずめ.JPG
posted by こう@電車おやじ at 23:25| 兵庫 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

今年初の鉄活動は「嵐電落語」

やっと、22日になって初めてまともに鉄活動を再開・・
で・・その行先は「嵐電」・・ここで姫路の鉄友、Hさんからのお誘いで、Hさんが京都のMさんと組んで、嵐電を貸し切って、そこで鉄道落語を桂しん吉さんにやってもらおうというもの・・
僕は落語好きの友人を呼んで参加させてもらうことにしました。

で・・友人のKさんと電車で待ち合わせすることになり、地下鉄長田から高速長田へ、ここで阪急阪神ワンデイパスを買って、ホームに降りると山陽電車のS特急がきました。
0122高速長田山陽3056S特急.JPG

新開地で待ち合わせの時間まで神戸電鉄を眺めます。
粟生線志染ゆき1106・・乗りに行きたいなぁ…
春のダイヤ改正?で大幅な減便が決まっています。
0122新開地神鉄1106.JPG

こちらはウルトラマン3000系3004・・
0122新開地神鉄3004.JPG

阪急車内でKさんと待合わせ、そのまま梅田まで・・
梅田駅で30分ほどのんびり電車を眺めながら待ちます。。。
3300系だったか・・準急発車前の風景。
0122梅田阪急側面.JPG

通勤電車の駅ですが独特の旅情のある駅でもありますね。
5306、準急入線。
0122梅田阪急5306.JPG

宝塚線ホームには手塚治虫先生が。。。
0122梅田阪急手塚治虫先生.JPG

待っていたのはこの電車、6354F「京とれいん」
0122梅田阪急6354京とれいん入線.JPG

オフシーズンとあってゆったりしている電車でKさんと二人、京都を目指します。
快適な電車の中では中国語や韓国語、英語その他の言葉が飛び交います。
多国語に対応している車内放送・・なるほどなぁ・・

桂に着くと「しおりん」が待っていてくれました。
桂駅で京都行きの3300系電車を・・
1300系が増えるたびに、この系列の電車が減っていきます。
0122桂阪急3361.JPG

嵐山駅で専用の6300系電車。
0122嵐山阪急6352.JPG

んで、しおりんと阪急電車。。。
0122しおりん阪急6352_02.JPG

少し時間があるので3人で散策します。
竹林の間を走る山陰本線221系電車。
0122嵐山221.JPG

その後追い、すぐ近くの踏切には観光客がたくさんおられました。
タレントの松本I代さんがここで線路に入った写真を撮影してツイッターに上げてしまい、それがブーイングの嵐・・・だったのですが、かえって観光客の注目を集めたようです。
昔と違って今の山陰本線は、都会の電車に変貌していて本数も多いし速度も高いですからご注意を。。
0122嵐山221後追い.JPG

さて、時間の前なので嵐電=京福電鉄嵐山線の駅へ行きます。
観光客で大賑わいです。
嬉しいモボ101がやってきました。
0122嵐山嵐電101.JPG

この電車に乗って三人並んで座り、鉄ネタ話をしながらのんびりと四条大宮へ・・
集合前に四条大宮駅近くのラーメン店で久々に京都独特のトロトロなチャーシュー麺を食べて身体を暖めて・・・

嵐電四条大宮駅の節分飾・・・
嵐電は今、殆どの電車が紫色ですが・・・かつての緑のほうがよかったよ〜〜というのをこの飾りまでも表しています。
神鉄ふぁんのTさんや、新進気鋭のイラストレーターIさん、ほかにもたくさん、鉄の顔見知りがおられました。
0122四条大宮節分飾り.JPG

入線してきた27号、主催のMさんが「嵐電が希望を聞いてくれた!」とものすごく喜んでおられました。
0122四条大宮嵐電27・631.JPG

車内で持ち込んだ焼酎やツマミをいただきながら、大勢で電車の話しながら・・楽しいもんですね〜〜〜〜
嵐山着・・本日二度目の嵐山。。
隣には阪神電車へ送って大改造を施された501号が。。。
0122嵐山嵐電27・501.JPG

その501、嵐電唯一の中扉車だったのですが、他のクルマと同じ前後扉に・・
なお、釣りかけ式は同じです。
0122嵐山嵐電501.JPG

足湯の券やタオルもいただき、でも僕はお酒を探して駅前へ・・・

さて、駅に停車中の貸し切り電車の中で、桂しん吉さんの落語が始まります。
お題は「トワイライトエクスプレス」と「みどりの窓口」の二本。
「トワイライトエクスプレス」は旦那さんがせっかくとれたトワイライトのスウィートのチケット、これを使えなくなり、主人公の奉公人に知人のところへもっていってあげて、その人に使ってもらうように言います。
ところがその人も都合が悪く別の人を紹介、行く先が新大阪、京都、敦賀、福井、高岡、富山、とだんだん北に上がっていき・・ついに札幌まで・・
でもその札幌の人も都合が悪く、そのチケットの乗車変更をして上りのトワイライトで奉公人が帰ってくるというわけです。
登場人物は奉公人以外すべて鉄道オタクで、それゆえ鉄道ファンを笑わせるツボが随所に・・・

「みどりの窓口」は元々は鉄道ファンではない師匠が作られたお話だとか・・
でも、お見事な駅員のドタバタ感・・・
とても楽しみました。
主人公の駅員が自分が客にされたことをし返すような、「さげ」のあたり、本当に大爆笑でした。
落語のお話が始まる前の桂しん吉師匠。
0122嵐電車内桂しん吉.JPG

時々、コンプレッサーの音がしたり、隣の電車が発車していく釣りかけの音がしたり・・
なかなか、現物の、それも結構忙しい鉄道での落語会はそのシチュエーションも楽しませてくれます。

落語が終わると電車が発車、乗客にビールも配られ、楽しく盛り上がっての電車の旅。。

このあと、河原町御池の居酒屋でにぎやかに懇親会。
さんざん呑んで食べて・・散々騒いで・・
楽しく京の夜は更けました。
posted by こう@電車おやじ at 16:38| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

廃線危機の三江線

来年3月末限りで廃止が決定している三江線。
本来は広島と山陰の要衝、江津を結ぶ陰陽連絡線ですが、その路線がなぜに廃線となるのか・・
まずは三江線部分のみを抽出した地図をご覧ください。
三江線地図.jpg

路線が大きく迂回しているのがわかります。
広島と江津を結ぶのなら、芸備線の三次を起点にするわけですが、線路はそのままっ直ぐに江津へ向かわずに、大きく北へ迂回、浜原とそのすぐ近くの粕淵を目指します。
これは江の川に沿って忠実に路線を計画したからかもしれませんし、中世以降のこの地域の交流が江の川によって行われてきたことを考えると路線計画の明治時代には妥当な選択だったのかもしれません。
結果的に三次から江津まで普通に行けば60キロほどのところを108キロかけて走ります。

しかし、近代になり交通網は拠点都市中心に計画、敷設されるようになると、こういう線形では都市間輸送という観点から大きな問題が生じます。

実はこの三江線のすぐ近く、国鉄は幹線鉄道として広浜線を計画、可部線の可部と島根県の浜田をできる限りまっすぐに結ぼうとしたもので、戦前にはある程度路盤が完成、しかし、戦況の悪化で建設が凍結されます。
戦後、またこの広浜線は計画が復活・・それほど国鉄としては作りたい路線だったのでしょう・・しかし、まさか戦前の規格というわけにもいかず、幹線鉄道らしい高架構造の路盤を中心にした高規格路線が建設されかけます。
しかし、この広浜線は国鉄再建のあおりを受けて建設が中止、広島と島根県中央部を結ぶ鉄道計画は途絶えてしまいます。
幸か不幸か、三江線はローカル線としての計画だったためか、建設が継続され昭和50年、全通してしまいます。
幹線としての広浜線が完成せずに計画が放棄され、ローカル線としての計画でしかなかった三江線ができてしまうわけです。

広浜線の計画は国鉄バスが受け継ぎ、今もJRバスや広電バスによって新幹線連絡の高速バスとして盛業なのに対し、三江線は当初から優等列車の運行もなく、それでも地道に地方の足として走ってきたわけです。
しかし、進展するモータリゼーション、少子高齢化はこの路線の乗客を信じられないくらいに減らしていきます。
乗客減➡列車の本数減➡乗客減という負のスパイラルを繰り返し、三江線は追い込まれていきます。
何より現代では上の地図にあるように極端な大回り路線では自家用車から乗り換えてくれる人など皆無だろう…というわけです。
三江線に限らず、この中国地方山間部の路線はいずれも建設時の計画そのものが低規格であり、今の時代の旅客の希望に沿うものではありません。
三江線すぐ近くに存在する木次線は、かつては陰陽連絡ルートとして日中3往復、夜行1往復の急行列車が走ったのですが、松江から広島へ片道5時間半を要する急行列車と、3時間40分ほどで走破している高速バスとでは勝負にならず、幹線輸送の座を高速バスに明け渡してしまったわけです。
急行列車は窮屈なボックスシート、高速バスは快適なリクライニングシート、この点でも大きなサービス上の差もついていました。

ローカル線として企画された三江線でも、例えば伯備線や田沢湖線(今の秋田新幹線)のように列車の運行の仕方次第では幹線に成り上がることも可能・・という見方もありますが、広島と江津経由で太田市を結ぶことを考えた場合、三江線経由ではどんなにスピードアップしても片道4時間はかかるでしょう。
しかし、江津と広島を結ぶのはバス事業者にとってもあまりうまみのある話ではないらしく、今現在、直行便はありませんが、途中の石見川本までなら太田市への路線が使えます。
この高速路線バスは「石見銀山号」と称していて、太田市から広島まで3時間弱、石見川本から広島まで2時間弱で走り抜けます。
もしも、三江線を改良して、特急列車が走ったとしても、バスの優位性は変わりそうにありません。

僕が以前に三江線の幹線化を目論むのなら、広島ではなく、福山・岡山と結ぶことを書いたのはこのためです。
しかし、三江線の幹線化には膨大な資金を要します。
古い時代の三江北線部分を高速化するには一から路線を敷きなおすくらいの覚悟は必要でしょう。
しかし、そこまでしなくても、今の時代には高速バスを上手に使えば、都市間輸送はきちんと機能できてしまうのです。

ただ、三江線を活かす方策はあります。
全線を存続というのではなく、三江線を必要としている石見川本町あたりから江津までの区間を残せば、古い設計の路線故にバリアフリー対策も手軽に済み、低コストで新事業者が路線を受け持つことができるでしょう。
例えば、川本町と鳥取県若桜町とは、ほとんど町の規模が同じです。
若桜町で上手に若桜線を運営して、今や鳥取県の観光スポットとして紹介されるくらいになっています。

もし、川本町の皆さんが本気で鉄道を残す意思を見せたら、こういうやり方も可能なのです。
車両は3両あれば事足ります。
石見川本から江津までの距離は、若桜から郡家までの距離の倍近くはあります。
それゆえ、保線の費用は若桜線の倍は見込まねばならないでしょう。
そこの部分さえクリアできれば先人の遺産は町の宝物として残すことができるのです。

路線を残すだけではなく、コミュバスや通学バスの運行も鉄道に一部を乗せ換え、駅から先の運行とすれば今、自治体が負担している交通事業への費用も抑えることもできるでしょう。
もちろん、鉄道ですから線路の維持費用は必要ですから、「安く」上がることはないかもしれませんが、具体的で現実的な方策ではないでしょうか。
石見川本駅近くには吹奏楽ファンには有名な島根中央高校もあります。
「音楽の町」を掲げるこの街にとって、小さな鉄道はお荷物というより新しい名物になるかもしれません。

三江線を残そうという運動をされる方々がなぜに「全線」と言われるのか・・
全線を保持するとなれば108キロ、しかも新しい高架区間はその維持にも資金も必要ですし、バリアフリー化には対応しきれないところもあります。
三江線が江の川沿いに走るのは、浜原とそのすぐ近くの粕渕という大きな集落があるという意義もあるのですが、そこからは太田市までクルマで楽に出られます。
大周りの鉄道路線より、道路を使った公共交通をきちんと維持していけば、そのほうが理にかなっているでしょう。
ちなみに一般のバス路線だと粕淵から太田市まで46分ですが、鉄道だと乗り換えありで2時間半ほど要します。

本当に地域の足の確保という観点では、その路線の現況を鑑みて「鉄道として残したい区間」だけでもよいのではないのか…
そういうことを考えてしまっています。
で・・地元の難問、神鉄粟生線ですが・・・これはまた次の機会に考えてみたいと思います。
posted by こう@電車おやじ at 23:05| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする