2017年03月31日

国鉄解体30年

本日は国鉄その際後の日から30年、明日がJRグループ誕生30年ということになります。
381やくも布原.jpg
30年前の今日、僕は何をしていたかと聞かれると、何の記憶も出てこないのです。
すでに前年6月から国鉄を退職前提の休職として、事実上、辞めていましたから、この日は写真屋の仕事をしながら迎えたはずです。
まったく、何の興味もなく、だから、国鉄最後の列車をとりにいくこともせず、普通に写真屋の仕事をして、普通にその日を終えて、翌日も普通に勤務したものではないかと、当時の自分の行動を推察しています。

当時の僕は国鉄の上層部には反感を、組合には反発を抱いていました。
大好きなはずの鉄道の中にいることが苦痛で、それゆえ、辞めてしまったのです。

職場長からは引止めらました。
車両内装のことをよく知るものとして、現場に居て欲しかったというのが上司の気持ちだったのでしょう。
まだまだ、客車が健在でした。

国鉄が解体され、新生のJRグループが誕生して、なぜかあれだけの大赤字が一年にして黒字化するというマジックを見せ付けられた国民は、国鉄が「悪」であったかのような印象を持ったことでしょう。
しかし、前年末の国会では国鉄はすでに単体で黒字化を成功させていることが報告されています。
厳しい部門の切り捨て、特に貨物輸送の大縮小、郵便・荷物輸送からの撤退、赤字路線の大量の廃止などが行われ、それは経営に寄与していたのです。

国鉄赤字の元凶である、不採算新線の建設費償却、旧満州鉄道退職者の年金負担などは、すべて鉄道清算事業団が引き継ぎ、JRにはそういった負の遺産は引き継がれなかったから当たり前のことです。
キハ181×2武田尾.jpg

私鉄と違ってさまざまな国家政策のツケを回されてきた国鉄=日本国有鉄道を台赤字にしたのはほかならぬ国家です。
そしてその赤字の責任を国鉄に押し付けるマスコミ操作・・
今も昔も国が国民をだますのは同じ手口のようです。

しかし、では国鉄に悪いところはなかったかというと、それはあります。
明治の井上勝や後藤新平が「鉄道はサービス業である」と喝破して、サービス向上に努めたのは昔の話。
先鋭化した労働組合は、利用者の立場を考えず、ストライキを繰り返し、深刻な乗客減を招きました。
経営陣はモータリゼーションの深化を他人事のように捉え、車両サービスの向上、スピードアップが資金難もあり進まず、古い車両、遅い列車をいつまでも放置、今でこそ鉄道ファンが国鉄型を喜びますが、当時は私鉄の優れたサービスと比べるとどうにもこうにも、国鉄型の悪いところばかり目立つようになってきたものです。

そんな中、末期の国鉄は201系、117系、キハ40シリーズ、キハ185系、キハ183系、新幹線100系といったう高品質な車両を投入していました。
でも時すでに遅く、国鉄の状況は悪化していきます。

労働組合もスト戦術を改めました。
離れた乗客が帰ってくることはありませんでした。

国鉄解体後、分割されたJR各社が必死にサービスの改善を図り、30年を経て本州3社の乗客は都市部に限っては見違えるように増加しました。
しかし、3島会社が苦戦を続け、それでも必死にがんばった九州が上場、完全民営化を達成したのは記憶に新しいところです。
また、四国は国鉄四国総局から受け継いだ、島内基幹路線のフリークエンシーの確保を今も継続し、本四輸送でも今や大幹線に成長した本四備讃線(瀬戸大橋)など、その手腕には見るべきものがあります。

ですが、北海道は苦戦続き、少ない人口密度、整備されていなくても十分速い一般道路、冬場の除雪の進展、そこへ追い討ちをかける高速道路の整備・・
かつてのドル箱だった青函ルートは、今や旅客では壊滅状態。
新幹線が延伸して少しは函館空港との利用者の差が縮まったのでしょうか。

かつての国鉄の苦悩をそのまま唯一引き継いだかのように見えるJR北海道の現状は、もはや民間ではどうにもならず、国家インフラであると国が認識して、改めて国有化するしかないのかもしれません。

JR30年で、会社間をまたがる列車は激減、長距離列車は壊滅状態、鉄道は自社エリアの得意分野だけの仕事に勤しむ結果となりました。
せめて、分割民営化ではなく、単なる「民営化」であったなら、経営状態が好転しつつあった時期に北海道への投資もでき、長距離列車も消えずに済んだものをと思うのですが、すべては妄想にほかなりません。

たぶん、僕が撮影した国鉄最終期の写真から、サイドのエンブレムが如何にも国鉄を現す・・
485系、クハ481−802の写真を。。
クハ481802黒井.jpg

せっかくの電化完成もこういう転用車両で賄うしかなかったところに当時の国鉄の苦悩が現れています。
そして、それから30年近く、つい数年前までこの車両が現役で走っていたとは・・・
まさか、当時の僕はそういう結果になろうとは夢にも思いませんでした。

今全国で国鉄の車両が3割ほど残っているそうです。
ほとんどは気動車のキハ40シリーズ、あとは近郊型の東西の115系、九州の415系、関西の201系・105系が目立つところでしょうか。
特急用の車両などではすでに国鉄型の命脈も見えてきていて、北海道のキハ183系、四国・九州のキハ185系、伯備線の381系、湘南方面の185系が残っているだけです。
それにしても、やはり国鉄時代には20年ほどで車両の置き換えをしていたのですから、車両自体の質の向上、整備技術の向上があるにしても、改めて「驚き」です。

国鉄型をもっと使えとはいいません。
古い車両はいくら整備状態がよくても、やはり厚化粧でしかないのです。
今から先のJRが真剣に顧客のことを考え、国家的インフラの中枢にある自覚を持って、鉄道の将来に向けてじっくり進んでいかれるよう念願してやみません。




posted by こう@電車おやじ at 16:06| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/448608706
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック