2018年04月15日

阪堺線貸切電車などなど。。

4月14日、阪堺線で電車を借り切って車内で呑もうという・・・そのイベントにこの道の先輩が誘ってくださいました。。
しかも電車は阪堺線161号といいますから、これは参加するしかないでしょう。。
山陽電車で梅田に着いたら・・・
0414梅田山陽5608.JPG

隣がこの電車でした。。。
0414梅田阪神8502.JPG

なんか・・いいことあるかな。。。
阪堺電気軌道は南海グループ、「なんか、いいグループ」で「愛が多すぎる」らしいですから。。。

ま・・その前に環状線車内から287系を。。
0414芦原橋287.JPG

新今宮駅で201系と225系。。
0414新今宮225・201.JPG

朝早くに家を出て、先に「銀河詩のいえ」の摩耶さんと打ち合わせ&散歩&お茶。。

お茶は詩人が行きつけだという恵美須町駅構内の「ヤマモト」さんへ・・
美味しいコーヒーとモーニングをいただきました。。
朝から美女と新世界を散歩したり…多分これで運は使い果たしかな。。。
摩耶さんIN阪堺電車。
0414近藤摩耶さん8阪堺線.JPG

北海道出身の方で、詩のために大阪へ来られた方です。
今や、新世界ではすっかり「顔」の一人となっておられます。
0414近藤摩耶さん7阪堺線.JPG

さて、持ち込みのお惣菜を「スーパー玉出」で買い込んで、恵美須町駅に再び。。。

受け付け開始前20分ほど前に駅に着いて、するといかにもそれ風な男性が‥お伺いするとまさに本日ご参加の方のようで、こういう時、鉄道ファンはあっという間に和気藹々となります。。
すっかり話し込んでいると、いつも「大人の鉄遠足」でご一緒する方々も到着。
恵美須町駅は一種の社交場のような雰囲気に。。

今回、参加者の表情が分かる写真は公には出さない約束ですので、ま・・この人は良かろうと、ご本人の承諾を得て・・駅員さんに扮したYさん。
何故・・阪堺線でタブレット。。。。(^^;
0414阪堺線貸切Yさん2.JPG

クラシカルな「日本一古い営業電車」が入線します。
0414阪堺線貸切161入線.JPG

なお、現役電車でどの電車が日本一古いかは諸説あり、琴電(元大鉄→近鉄)の230号、広電の582号(元神戸市電J車)のほうが古いはずですが、琴電は事実上、動態保存車であり、広電582号ほとんど毎日、朝だけでも走るし、1924年(大正13年)生まれで圧倒的に最古なのですが、神戸市電で体質改善の際、書類上はその時に新製されたことになってしまっていて、つまり法的には最古ではないんです。

何はともあれ、日本最古の電車に乗ってミニトリップはなかなか得られないチャンスでもあります。
停車する様子。
0414阪堺線貸切161停車恵美須町.JPG

後輩の354号と並びます。
この354号もまた、昭和30年代のPCCカー全盛期と当時の南海特急11001系の面影を残す名車で、台車は空気ばねですがツリカケ電車です。
0414阪堺線貸切161・354恵美須町.JPG

南海電鉄の旧社章です。
阪堺電気軌道はもともとは南海電鉄の大阪軌道線でした。
0414阪堺線貸切旧社章.JPG

車体表記。
特に大きな改造を施されるわけでもなく、生まれた時の姿を維持していることが伺えます。
0414阪堺線貸切161表記.JPG

なにやら国鉄のサボを思わせるこんなサボがついてました。。
0414阪堺線貸切くるみ号プレート.JPG

車内。
呑み会の飾りつけです。
車内はすべて綺麗に木目調を復元、床も難燃性の新しい床板に更新され、非常に美しい車内です。
照明も暖色系になっていました。
0414阪堺線貸切161車内1.JPG

鉄道好きの小学生君が車掌に扮し、入鋏してくれます。
0414阪堺線貸切入鋏.JPG

なおこのイベントの飾りつけ・運営などはすべて手作りです。
電車を借り切ってもだれでも会社からこのようなサービスが受けられるわけではなく、あくまでも企画次第ということです。

さて、走りだしたら浜寺駅前駅まで片道40分以上の道のりです。
しかも、今は恵美須町から浜寺への直通はありませんからこれまた貴重な体験・・・
なんですが。。。。。

軽快なツリカケサウンドを聞き、たくさんあるビールを飲ませてもらううちに‥酔っ払ってきました。。
しかも、僕は後方からの景色が見たくて立っているものですから、余計に酒が回ります。。。
殆ど酔っ払い親父状態に・・・・

浜寺駅前に着いた161号。
後ろには通常ダイヤの最新鋭、堺トラムの1001号が…
0414阪堺線貸切161到着浜寺1001.JPG

折り返していく定期列車、706号と並びます。
0414阪堺線貸切161・706浜寺.JPG

161・1001・706、三世代の電車が並びました。
0414阪堺線貸切161・1001・706浜寺.JPG

新型、堺トラム1001号。
0414阪堺線貸切1001.JPG

20分ほど休憩して発車します。
今度は僕が立っている場所が先頭になります。
運転士さんの安心のハンドル操作を見ながら・・・
0414阪堺線貸切161運転台.JPG

ますます酔っ払ってきました。。
我孫子道について・・161号。
0414阪堺線貸切161我孫子道.JPG

車庫には166号とデトが並んでいました。
0414阪堺線貸切デト・166我孫子道.JPG

この奥の方、京都市電やTR1・TR2といった楽しい作業用車両もあるのですが・・・
電車の窓から一瞬だけ見えますが、酔っ払っているのでうまく撮影できませんでした。

ここで記念撮影。

で・・電車は発車、今度は上町線に入ります。
楽しい・・楽しすぎて我を忘れます。。
立っているゆえ、さらに酔いが回ります。
電車も揺れます。
自分が揺れているのか、電車が揺れているのか・・

阿倍野で下ろしてもらいました。
するとここで回送電車が撮影できるというわけです。
下りた途端、先ほどの1001号が…
0414阪堺線貸切1001阿倍野.JPG

161号が1001号と並びました。。
0414阪堺線貸切1001・161阿倍野.JPG

さて、ショッピングモールのテラスから電車を眺めます。
僕たちの乗っていた161号が車庫へ回送されていきます。
0414阪堺線貸切161回送阿倍野.JPG

そのあと、なんと堺トラムの中でも最も新しい1003号が。。
0414阪堺線貸切1003阿倍野.JPG

非常に楽しいひと時で名残り惜しかったですが、皆さんとお別れし、僕は地下鉄に向かいました。。
今回のイベントの発案、企画、折衝、運営、スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

さて、酔いを少し覚ますために「南海そば」でうどんを食べ、その汁を飲んで少し酔いが収まってきました。
地下鉄で上六へ行き、ここでいつもの「しおりん」と「Y子」さんとせっかく大阪にいるのだから少し呑もう・・ということになりました。
ただ、お二人と会った時の僕が非常に疲れているように見えたらしく、まずは座りましょう…とマクドナルドで軽くお茶。。。
すっかり元気も回復し、いざ。。
場所は上六の地下にある「鉄道バー」

お酒は何でもあるし、でも立ち飲みらしく、つまみは缶詰などの乾きもの・・これが良かった。
大好物の鯖の水煮を出してもらい、ほかのお客も巻き込んでの鉄談義・・・・
さらに元気になって、夜更けまでしっかり鉄談義・・・・

ありがとう、お二人さん。。。
そのお店にいた皆さん。。。
しおりんの表情をば。。
0414しおりん.JPG

さて、本日、昨夜会ったばかりのY子さんが、ご家族の野球観戦にお付き合いして近所まで来られていると‥
せっかくなので・・新幹線の撮影を。。。
女流鉄カメラマンのお顔。。。
0415Y子さん2.JPG

N700の出会い。。
相対速度560キロ以上。。。
0415長坂N700×2.JPG

N700A。。。
新録に白い車体が映えます。
0415長坂N700A.JPG

上り「さくら」
0415長坂N700さくら.JPG

下り「さくら」
0415長坂N700さくら下り.JPG

あの電車で九州に行きたいなぁ・・・・
旅ができるようになりたいです。。。
え・・散々遊んどいて何を言うか・・・・

大変・・失礼しました。。。
(^_^;)

posted by こう@電車おやじ at 20:09| 兵庫 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月09日

盛り沢山の日記。。

4月7日土曜日。
あまり眠れずに睡眠2時間でお出かけ・・
冷たい雨の降る中、三ノ宮での「ミドルクラブ」、今回は主催のmmさん転職に伴い土曜開催となりました。

いつものmmさん、なんだかとっても元気そう・・
秘書のお仕事をしているそうで・・まさに仕事のできる秘書って感じです。
きれいです。
0407mmさん1web.jpg

メガネをはずしてもらって、こちらの方が優しそうに見えます。
0407mmさん2web.jpg

他の方も撮らせてもらいましたが、広く公開する許可は得ておりませんので、また後日できれば。。。

ランチ会にはたくさん集まり、いろんな話に花が咲き、利害のない大人の、それぞれが無関係の集まりって貴重だと思うんです。

その足でサンプラザへ・・
久々にEF200の姿を捕らえました。
0407元町Ef200−19.JPG

そして散歩しながら神戸駅へ・・
D51の周りに菜の花が咲いていました。
0407神戸D51・1.JPG

菜の花のアップ。
0407神戸D51・2.JPG

そしてこの日、大阪から遊びに来られていた女性鉄道ファンのY子さんとうまく時間が合いそうだということで、神戸駅で待ち合わせして舞子へ。。
乗った電車の窓から対向の電車を。。
0407新長田207.JPG

女性運転士さんのしなやかな手指。
0407U07運転士.JPG

舞子では殆ど暴風といってよいような風が吹き荒れる中、カメラ散歩しました。
高速舞子バス停待合室から舞子駅の207系を。
0407高速舞子207.JPG


高速舞子バス停から神姫バス、高田屋嘉兵衛公園行。
0407高速舞子神姫バス.JPG

舞子台1丁目からの山陽電車。
0407舞子公園山陽3614.JPG

舞子駅近くでEF652085による75レ。
0407舞子EF652085・2.JPG

明石海峡大橋夜景。
開通20周年とかで、ライトアップのカラーが移動していく・・
スチールではお見せできないのが残念。。
0407明石海峡大橋夜景1.JPG

寒い中、ご一緒くださったy子さん。
0407夜景とy子さん2.JPG


で・・本日4月9日。

通院二軒を梯子なんですが、一軒目の後、東垂水駅へ。

すぐ近くの空を北海道からのAIR Doが飛んでいます。
0409東垂水AIRDo.JPG

山陽電車5008F直特。
0409東垂水山陽5008後追い.JPG

偶然、5000Fの普通が並びました。
0409東垂水山陽5008・5000.JPG

5000F。
0409東垂水山陽5000.JPG

こちらは5022F、腰の標識灯がLEDになっていました。
0409東垂水山陽5022.JPG

3070F。
0409東垂水山陽3070後追い.JPG

3018F。
0409東垂水山陽3018後追い.JPG

そして「サロンカーなにわ」
トワイライトカラーのEF651124牽引です。
0409東垂水EF651124サロンカーなにわ.JPG

瀬戸大橋開業30周年で四国へ渡るそうです。
0409東垂水EF651124サロンカーなにわ・2.JPG

サロンカーなにわ、客車が明石海峡大橋の方向へ向かいます。
0409東垂水サロンカーなにわ.JPG





二軒目の通院までまだ少し時間があります。
狩口の高台から。。。
5609の直特、淡路を望みます。
0409狩口山陽5609.JPG

海と踏切と6007F。
0409狩口山陽6007.JPG
posted by こう@電車おやじ at 21:27| 兵庫 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

月と桜と電車と同期会

当地では桜が満開です。
でも、身内の引っ越しやそのほかの用事でまともに昼間に桜を楽しむことができません。
といって何も撮影しないのは悔しい。。

昨日、明け方に帰宅した時、満月がとてもきれいでしたので自宅すぐそばで月と絡めて撮影。
なかなかムードは出ませんが、モノクロにしてみると案外良かったり・・
0401学が丘月と桜4.JPG

シャッター速度が遅くなり、風があるのでブレが出てしまいますが・・それもまたよかろうと‥
0401学が丘月と桜2.JPG

それにしても当地では記録的な早さの・・満開です。
0401学が丘月と桜1.JPG

フラッシュをたいて、桜の色合いを出してみましたが・・・
どうしても光線が不自然。
0401学が丘月と桜3.JPG

月をはずして、街頭だけの桜。
花見用の照明ではなく、こういう素朴な明かりが好きです。
0401学が丘桜.JPG

まだ夜が明けない時間、雪柳と桜。
0401学が丘桜・雪柳.JPG

さて、この日は国鉄工作一科の同期会。
大阪、梅田の阪急電車が良く見える・・・・(苦笑
レストランで昼間っから飲み放題と相成りました。

こうして会うのは実に10年ぶりくらいで、中には40年ぶりの人もいます。
国鉄→JRに在籍している人は半分に満たず、役所のエライサンになったり、僕と同業者がいたり、大阪駅近くのショッピングセンターの支配人になったり、お互い、最初は誰が誰かわからず、それでもだんだん昔のイメージを思い出して・・懐かしい話に花が咲きました。

関西と山陰、四国出身者で99名の同期がいたのですが、すでに3名の鬼籍へ旅立った人もいて、なるほど、そういう年ごろよなぁ…
こういう形ではなく、きちんと泊り付きで同窓会をしようよと…約したことでした。

二次会は日根野に勤めている人が何故か常連という、福島のお店に移ってここでも楽しくすごし、三次会も誘われましたが、これ以上呑むと明日の仕事に差し支えるので…
そこは失礼させてもらいました。

で・・このあと、一人三次会。。。
酒抜きで…
久々に桜ノ宮で降りてみました。

日の落ちた桜ノ宮駅での323系、ここでこうして103系を撮影したのがついこの間のことのように思い出されます。
0401桜ノ宮323.JPG

201系のUSJラッピング車が大川を渡ります。
0401桜ノ宮201ラッピング.JPG

こちらはオレンジの201系。
0401桜ノ宮201.JPG

その後尾。
0401桜ノ宮201後尾.JPG

225系。
屋形船と出会います。
0401桜ノ宮225屋形船.JPG

221系。
0401桜ノ宮221.JPG

かなり暗くなりました。
これ以上はまともに写らないでしょう…
201系オレンジの車体。
満開をやや過ぎた桜、大勢の花見客。
201系に来年の桜はありうるのでしょうか。
0401桜ノ宮201・2.JPG

その後尾。
オレンジの電車と桜の組み合わせも今年が最後かもしれません。
0401桜ノ宮201・2後尾.JPG

大阪城が桜の上に浮いているように見えました。
0401桜ノ宮大阪城2.JPG

時折飛び交う中国語に今の時代を感じながら・・・
大阪城と桜・・・
0401桜ノ宮大阪城.JPG
posted by こう@電車おやじ at 06:15| 兵庫 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

神吉・志方・平荘の山々と新幹線

一昨日、加古川右岸で撮影した新幹線の写真、ちょっと画質を上げて、また列車の方向をそろえて再アップします。
僕は加古川市東神吉で中学時代を過ごし、片道3キロ半の道のりを自転車で通学していました。
高校時代は鷹取工場併設の寮で‥
そして高砂工場時代にまた東神吉から今度は片道7キロを自転車やバイク、クルマを使い分けて通勤しました。
往路は背中に、帰路は進行前方に、さして標高もないせいぜい100〜300メートル級の平野に屹立する小高い山があったのです。
写真はN700「さくら」
0302B加古川新幹線N700さくら.JPG

生まれ育った都会から離れた寂しさは、この地の明るく開放的で人懐こく、裏表のない人間関係によって癒され、ある時期はすっかり加古川で生まれ育ったかのごとくになり切った感があります。
それは、親父が加古川別府で急に亡くなり、やむなく母が中学生を筆頭にした幼い兄弟姉妹を引き連れて、この地に住むしかなかったという事情もあるにせよ、思春期の精神的成長のバックボーンとしては申し分のないものでした。

僕がいまだに時折、播磨の・・それも旧印南郡の人であるかのような思考をするのはそれがあったからですが、自分としては神戸・湊川を本来の故郷というなら、加古川右岸は第二の故郷ともいうべきところです。

その第二の故郷を強く意識した写真・・以前から考えていた構図なのです。
700系レールスター「こだま」、望遠で圧縮され、浮かび上がる平壯湖畔の飯盛山を背景に行きます。
0302B加古川新幹線700レールスターこだま.JPG

東神吉、神吉山とその尾根続きの黒岩山を背景に500系「こだま」が行きます。
中学時代、この辺りの山によく登りました。
岩山であり、それが故育たない低い灌木、急峻ですが高さはさほどありません。
0302B加古川新幹線500こだま1.JPG

なぜに今頃こういう写真を撮影しようとするのか・・
かつてはここで撮影しても、気が付かなかったシーン・・・
ああ・・それこそカメラの進歩でしょうか。
かつてのニコンFEやF2、FMを使っていたころに比べれば、昨今のデジタルカメラの画質、感度、そしてレンズの高性能化は目を見張るものです。
夕暮れ時に走行中の新幹線を撮影でき、高倍率、高画質の、しかも、コストダウンも計られたレンズがあって、初めてこういう画面の切り取りをしようという気になったのは間違いがありません。

日没後、この画質で新幹線を撮影できる・・
このカメラは少し古いカメラで、高感度という点ではもう一台のカメラに劣ります。
シャッター速度1/1000を維持するのにカメラの自動制御がISO2000を指していました。
これでもフィルム時代の実用400、最高で粒子あれあれの1600の画質とは比すべくもありません。
つまりフィルム時代には撮影できなかった写真となってしまいます。
923形検測車「ドクターイエロー」背景は飯盛山です。
0302B加古川新幹線ドクターイエロー.JPG

陽が落ちてしまった後、どんどん周囲が暗くなる・・
その中でシャッター1/250で少し車体が流れました。
500系「こだま」
0302B加古川新幹線500こだま2.JPG

イメージしたものが撮影できる・・・
そしてその画質はかつてでは考えられないほど(ブログ掲載時にサイズダウンしています)に上質なものであり、そして・・そこに写真屋の介在する余地もないこと。。。
鉄道を辞め、写真業界に人生をかけた僕にとっては、自分が撮影した写真で時代の進化とある種の寂しさを感じるのでもあります。

これはここ数年、夏至の頃にテーマにしている「サンライズ」撮影などではもっとカメラ技術の真価が問われるのですが、今回は思い入れの部分でふっと感じたわけです。

浜手に目をやれば、かつて親父が半年だけ勤めた巨大製鉄所の高炉が激しく湯気を上げています。
そういえば今の自分の身内にもここに関係する人もあり、いやいやそういえば、僕が自分の意志で国鉄に入ったとき、実は、母は僕がここに入ってほしいと願っていました。
たおやかな大河の流れの向こうの製鉄所をバックに、山陽電車5022Fが川を渡っていきます。
0302B加古川山陽5611.JPG

いろんなことを考え、自分の来し方を思い出す…
午後の加古川河畔でありました。

posted by こう@電車おやじ at 16:05| 兵庫 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

一切終了。

母の葬儀から今週初めに三十五日になるのですが、わが家系では三月にまたがる仕上げはしないので、三十五日法要、納骨式を行いました。
心配されていた雨もなく、僕の読経、そして焼香で納骨式を終えました。

母の遺品の中から見つかった写真、これは比較的新しい写真ですが、勤めていたお店でのショットのようです。
ピントが外れていますが、珍しく思い切り笑顔の写真。
まだ脳の手術をする前の表情のようです。
母店1.jpg

こちらは父の若き日。
トラクターのようなものに乗っていますが、父は自動車免許は持っていなかったはず・・
でも、父の運転する自動車やバイクに乗った記憶があるのです。
もしかしたら免許を取っていたのかな・・
器用な人でしたから、当時のことゆえ、飛び入りで取っていたかもしれません。

確か父生前の話ではこの場所は鳥取の自衛隊だとか言っていました。
父鳥取.jpg

そして、父と祖母の古い写真。
父はどう見ても4歳くらいですから、昭和16年くらいでしょうか。
その頃、父は養母である曾祖母(僕から見て)に育てられていましたが、祖母(父から見れば母親)が満州から神戸へ、そしてすぐに大阪へやってきたときに呼ばれて、父も東京の本郷から大阪に連れられてきた・・その頃の写真のようです。
祖母と父復元.jpg

なおこれら写真は、僕が自分で復元作業を行いました。

昔、写真屋をやっていたことがこんな風に役立つとは思いもしませんでした。

拙小説サイト「Story・・小さな物語」に、母への追悼文を出しました。
「銀河詩手帖287号」に掲載、この雑誌に掲載するために拙サイト上では、雑誌発行日まで掲載を見送っていました。
http://blog.goo.ne.jp/kouzou1960/e/23b2e2bf343625bd41e157fa60ff3bbf

これが本当の追悼文です。
敬愛する東渕修師との出会いによってできた作品です。
posted by こう@電車おやじ at 21:35| 兵庫 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする